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FSF, Issues Paper of the Task Force on Implementation of Standards: Meeting of the

2007年 2015年 14次増資前 14次増資後

40 FSF, Issues Paper of the Task Force on Implementation of Standards: Meeting of the

38 Goodhart,

The Basel Committee on Banking Supervision: A HIstory of Early Years 1974-1997, op.cit

., p. 567.

39 George A. Walker,

International Banking Regulation: Law, Policy, and Practise

(The Hague: Klewer Law International, 2001), p. 135. cited in Goodhart,

The Basel Committee on Banking Supervision: A HIstory of Early Years 1974-1997,op.cit.

, p. 567.

40 FSF,

Issues Paper of the Task Force on Implementation of Standards: Meeting of the

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また、このコア・プリンシプルにとどまらず、前述の通り、バーゼルⅠ、バーゼル

Ⅱ、さらにはバーゼルⅢといった数量基準を含む具体的な銀行監督規制について、そ の採用を強制されることはないにもかかわらず、広範な国々が採用している。また、

バーゼルⅢに関して、BCBS から 2017 年の G20 サミットに提出されたペーパーでは、

BCBS メンバー国以外の 70 か国程度が 2018 年末までに、バーゼルⅢの基本的な要素で ある規制自己資本の新しい定義と流動性カバレッジ比率に関する最終規則を発出す る予定にあることが報告されている41

このような状況を勘案すると、バーゼル規制に関しては、1対1でのパワーの非対 称性というよりは、「これを採用しなければ国際資本市場に仲間入りできない」とい うかたちでの1対多でのパワーの非対称性を背景とし、正しいか正しくないかに関わ らず採用せざるを得ない「黄金の拘束服」的な強制的ルールとなっているとみること が出来る42。その上で、このバーゼル規制が、インプット面、アウトプット面双方で 正当性向上要求命題を検証するものとなっていることは前述にて説明した通りであ る。

6-2-3.自己利益の質的変化を通じた正当性向上

グローバル金融危機に関し、前述した IMF 以外でも政策当局者の多くが全く予想し ていなかったことは、自己利益の判断が困難化していることを示すと考えられる。例 えば、当時、FRB 理事(その後議長)であったバーナンキは、危機の 3 年半前 2004 年に行った「大いなる安定(Great Moderation)」と題した講演において、「改善され た金融政策は、インフレの変動低下のみならず、生産の変動低下にも重要な貢献を行 ったように思われる」43と述べ、これについて M.ウルフは、「そうとも、生産の変動 低下!我々でさえ、それについてはもっとより多くのことを知っている」44と批判し ている。こうした批判は、「後付け」の議論ともいえるが、一方で、この「大いなる 安定」の下で、米国の家計や国際的に活動する金融機関も含めた多くの経済主体がレ

Financial Stability Forum 25-26 March 2000,

(FSF: 2000), p. 19.

41 BCBS,

Implementation of Basel standards: A report to G20 Leaders on implementation of the Basel III regulatory reforms July 2017, op.cit.,

p. 4-5.

42 逆説的に指摘すると、国際政治経済学の領域で、前述したようにバーゼル規制の、特に「規制

の虜」問題に関して、多くの研究文献が存在すること自体、バーゼル規制が国際政治経済上、重

要なルールとなっていることを示すものともいえる。また、ペイハニは、「BCBS の銀行規制にお

ける影響力は、バーゼル規制の世界中での採用に最も顕著に表れている」とし、バーゼルⅠは世 界中で 100 を超える国々に採用されていたと指摘している(Peihani,

op.cit

., p.148)。

43 Ben Bernanke, “Great Moderation: Remarks by Ben Bernanke at the Meetings of the Eastern Economic Association, Washington, D.C. February 20, 2004” (FRB, 2004), https://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2004/20040220/ (July 19, 2017)

44 Martin Wolf, “Afterword: How the Financial Crises Have Changed the World” in Robert C.

Feenstra and Alan M. Taylor (eds.),

Globalization in an Age of Crisis: Multilateral Economic

Cooperation in the Twenty-First Century

(Chicago: The University of Chicago Press, 2014), p. 401.

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バレッジを拡大させたことは否定できない。例えば、金融危機時に日銀総裁を務めた 白川は、この「大いなる安定」と、グローバル金融危機に関して以下のような説明を 行っている。

マクロ経済に関しては、成長率と物価上昇率の変動幅の低下をどう解釈するかにつ いて活発に議論がなされ、いわゆる「大いなる安定(Great Moderation)」が喧伝 されました。このような状況の下で、先行きの経済に関する非常に強気な見方が次 第に社会を支配するようになっていきました。住宅価格の上昇を巡っても、これが バブルかどうかについて活発な議論が行われましたが、米国の政策当局者や学界か らは、「住宅価格が全国的に下落することはない」、「仮にバブルが崩壊しても積極 的な金融緩和によって対応可能である」という見解が繰り返し表明されました。金 融システムについても、欧米の金融機関のリスク管理は日本の金融機関よりもはる かに洗練され効率的であることが当然視されていたように思います(中略)。しか し、その後の展開が示しますように、こうした楽観論は大きく外れました。45

このように、グローバル化した経済の下では、経済パフォーマンスや経済政策の効 果をどのように評価するかといった論点を考えても、極めて困難さが増しており、自 己利益が見出しがたい状況になっているといえるのではないか。

銀行規制問題に関しても、経常収支不均衡問題と同様に、「どのような政策選択が 自己利益につながるか」を判断することが難しい問題となっている。例えば、バーゼ ルⅠに関しては、80 年代前半の中南米債務危機の際に、米国の銀行システム、とりわ け大銀行の脆弱性を強く認識した米国議会が、これら銀行に自己資本を増強させる法 案を通そうとしたことがきっかけとされている46。しかし、米国の銀行はロビイング を通じて、「米国のみがそうした自己資本の増強を求めると、そうでない国々の銀行 との間の競争条件の平準化(level playing field)が損なわれるので、国際的な規 制が必要である」と主張、これが、米国議会において、国際的に活動する銀行への規 制強化と規制活動の国際的な協調を求める「1983 年貸出監督法」制定につながり、そ の後、1987 年 1 月に米英が国際的な自己資本規制に関して共同提案を行い、これに日 本も加わった 3 か国共同提案が BCBS に対してなされ、これがバーゼルⅠとして結実 したという経緯がある47。こうした経緯をみると、バーゼルⅠの策定は、米国主導で、

「米国の銀行の利益のためであった」48といえよう。そして、そのターゲットが、1985 年 9 月のプラザ合意以降、増加した円を背景に、「金融の国際化」の名の下に活発な

45 白川方明「中央銀行の政策哲学再考: エコノミック・クラブNYにおける講演(2010 年 4 月 22 日)」日本銀行、http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2010/ko1004e.htm/(2017 年 7 月 30 日)

46 Goodhart,

The Basel Committee on Banking Supervision: A HIstory of Early Years 1974-1997, op.cit.,

p.562

47

Ibid

.

48 Gilpin,

op.cit.

, p. 393. なお、この間の経緯は、氷見野、前掲書、28-48 頁にも詳しい。

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国際展開をお互いに競っていた邦銀であったとの議論は広く聞かれるところである。

しかし、その導入当初の状況をみると、「日本の銀行に規律を与えるはずだった BIS 規制は、実際には邦銀に世界の金融市場を席巻するための政治的なライセンスを与え る結果となってしまった」のみに留まらず、「BIS 規制にまず苦しんだのは米銀だった」

との状況を生み出し、結果としてバーゼル規制導入を主導した米英の銀行の国際的な シェアは規制導入後も低下を続けたことが指摘されている49

また、グローバル金融危機を回避出来なかった所謂バーゼルⅡ(1999 年に検討が開 始され、2004 年に成案化)は、主として米銀で編み出された革新的な信用リスク管理 技術体系の出現という現実に直面し、1988 年策定の所謂バーゼルⅠでは十分な信用リ スク管理が行えないとの批判に対応するものであった。この点で、グッドハートは、

「銀行監督当局者は、銀行が銀行自身の目的のために設計したモデルの最良のバージ ョンが、監督者によっても適用されるべきと知的に囚われていた」50と指摘する。

こうした当局者の姿もあって、バーゼルⅡは、前述の通り、「規制の虜」問題の事 例として多く批判されている。但し、このバーゼルⅡに関し、その導入を強く働きか けたのは、またも、リスク管理手法で先行する米銀を擁する米国である。すなわち、

1998 年には当時の FRB 議長のグリーンスパン(Alan Greenspan)がバーゼル規制見直 しに積極的な姿勢を示し51、同年にニューヨーク連銀総裁のマクドノー(William McDonough)が BCBS 議長に就任し、バーゼル規制見直しを開始して、1999 年に第一次 市中協議ペーパー作成・公表をとりまとめたとの経緯が存在する。このバーゼルⅡは 2004 年に BCBS での合意を経て、2007 年から導入されることが決まっていた。しかし、

米国においては、様々な政治的な圧力52から導入が難航し、リーマン・ショック発生 時には依然正式に導入されていない状態であった。こうした「規制見直しを主導した 国が当該規制の導入に遅れる」との経緯自体が、そもそも政策当局者にとっては想定 外の事象であったと考えられるほか、これだけ時間をかけてリスク管理手法を精緻化 したはずのバーゼルⅡが、グローバル金融危機発生に際しては基本的に役に立たなか った(さらに、その景気変動増幅性ゆえに危機を招来したとの見方もできよう)とい うことも、政策選択の困難さを説明する上で有用であろう。結果として、グローバル 金融危機の発生自体、銀行監督当局者の想定をはるかに超える事象であったといえる。

米国においては、様々な政治的な圧力52から導入が難航し、リーマン・ショック発生 時には依然正式に導入されていない状態であった。こうした「規制見直しを主導した 国が当該規制の導入に遅れる」との経緯自体が、そもそも政策当局者にとっては想定 外の事象であったと考えられるほか、これだけ時間をかけてリスク管理手法を精緻化 したはずのバーゼルⅡが、グローバル金融危機発生に際しては基本的に役に立たなか った(さらに、その景気変動増幅性ゆえに危機を招来したとの見方もできよう)とい うことも、政策選択の困難さを説明する上で有用であろう。結果として、グローバル 金融危機の発生自体、銀行監督当局者の想定をはるかに超える事象であったといえる。